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2010年03月26日

街頭ごみ容器の撤去

大阪市内の街頭ごみ容器は、平成5年には5000個にまで設置数が膨れ上がっていた。
その容器からごみを収集するためには、作業員21名と年間1億円強の尊い市民税が支払われていた。
そのごみの大半は、市外からの通勤時やピクニック帰りなどのごみであり、ごみ容器が設置されているために持ち込まれ、ごみ容器の周辺に散乱し、美観を損なっていた。

(平成5年5月19日撮影)


再三の大阪市への撤去要請(テレビなどでもその状況を放映)にもかかわらず、なかなか取り除かれなかった。
17年間にわたる運動の結果、大阪市からの回答がきたので皆様にお知らせいたします。。
その内容は、
「街頭ごみ容器は行動での散乱ごみの防止対策として設置していますが、実際には生ごみなどの家庭から出されるごみや、ダンボールなどの事業系の、犬猫の糞尿などが混入されていることが多いことから、本来の設置目的とは異なる使用状況にあり、特に不適切なごみの混入率が高いものについて、「ごみの適正廃出を促進する」観点から、市民の皆様に周知シールで事前に趣旨を説明させていただいた上で、それでもなお改善がみられない平成21年11月末から随時撤去をしております。」
「現在、約200個がまだ残っている」
というものであった。



  


Posted by 平川 司 at 17:52Comments(0)

2010年03月10日

巨額の地域対策費

  大阪市5億円隠し、3月9日の毎日新聞の大きな見出しである。東淀川区に建て替えられている焼却場の建設費に組み込まれた地域対策費である。大阪市は迷惑施設を建設するたびに巨額の金額を使い建設反対の封じこみをいまだにおこなっているのである。
  思えば私達の闘いは、昭和57年住之江焼却場建設反対から始まった。当時の大阪市は一枚の巨大な岩であり調査しようにも現在のような情報公開制度もなかった。裁判に持ち込んでもお上に逆らう住民として裁判官の目は反逆者を見るような冷たいものであった。
 地域の反対団体は次々と切り崩され1000人を超える反対者は数えるほどに減ったのである。大阪市が使った対策費は当時の金で20億とも言われている。裁判が終りを告げる頃、弁護士先生が“これからが住民運動の試金石、闘いなのだ”と勇気づけられた。
 我々住民に出来ることは何か、それは、大阪市のごみ焼却場の数を削減する事である。削減するにはごみを減らせねばならない。
 運転資金の乏しい私達に与えられた宿命とは何か?
“ゲリラ作戦”小さな大阪市の無駄使いを見つけ出す事であった。 
次回 街頭ごみ容器・やみごみ・料金値上げ・焼却場の削減・缶と瓶・紙リサイクル等 成果と作戦失敗等のお知らせ  


Posted by 平川 司 at 23:57Comments(0)